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手形の歴史を少し

いつもお世話になっております。東京支社の馬上です。

今日は手形の歴史をちょっとご紹介・・・急ではありますが、原点に立ち返るという意味で、しばしおつきあいください。

手形の起源は12世紀頃、地中海沿岸の諸都市で両替商が使い始めたというのが通説になっています。 当時のイタリア半島はヨーロッパ文明の中心地であると同時に、東方諸国と西ヨーロッパとを結ぶ交通の重要な接点でした。 地中海貿易の支配権を巡って各都市国家が争っていた時代で、各都市国家の貨幣は流通を制限され、金銀貨の流出も禁止されていた時代です。 そこで異なった都市国家に住む商人の間では、何らかの方法で貨幣の両替、送金をする必要があり、それが手形を利用する原因になったようです。 各都市国家の両替商の間に団体が作られていて、お互いに取引関係を持っており、商人が他国へ送金する場合には自分の都市の両替商にその地の貨幣を支払って、両替商から送金先の貨幣で支払う旨の証書をもらい、これを取引の相手方に送ってやるという証書と引き換えにそこの両替商から支払いを受けられるというやり方でした。 日本でも、今日の手形に類する機能は「替銭」(かわし)もしくは「割符」(さいふ)として、鎌倉時代から行われていました。 手形という本来の意味は、読んで字のごとく、「手の形」であり、字の書けない人が何かを約束する時に、その証拠として手の形や指の形を押し写したことから始まったと言われています。

ちなみに、現在の手形制度は日本独自の制度が発達したものではなく、明治以降に欧米諸国から輸入したものです。明治5年の国立銀行条例に基づく国立銀行が預金者に発行する振出手形は一時通貨の役割を果たすほど盛んに流通し、国立銀行も150行を越え、その結果発行の弊害が生じるようになりました。明治12年には発行が制限されるようになって減少しましたが、当座預金勘定が創設されると、「小切手」と名前を変えて再び流通するようになりました。第一次世界大戦後、国際連盟において、手形法・小切手法の統一問題が研究され、手形及び小切手の統一法を作るための条約が成立され、日本もこの条約に加わって国内法を改正しました。昭和7年に手形法、昭和8年に小切手法を制定し、いずれも昭和9年から施行しています。これが今日の手形・小切手制度の原点となっています。

私も長らく金融業に身を置いてまいりましたが、手形の歴史についてはあまり詳しくなく、あらためて手形と人とのつながりの深さを再認識した次第です。残念ながら年々手形発行は減る傾向ですが、まだ手形の受取機会はあるかと存じます。手形・でんさいの早急な現金化をお考えの際は、ぜひ手形・でんさい割引の老舗である日証までお問合せ下さい。